Research Topics

研究テーマ

サマリ


私たちがシステムを解析,制御し,直接観測できない状態量などを推定するには,対象システムの性質を数学的に記述したモデルが必要です.しかし,実社会の複雑な現象の物理的なモデル化は多くの場合,困難に直面します.そこで本研究では,多様なセンサや少数の実験によって計測・収集されたデータを解析し,現象を表現する統計モデルを構築する技術,または現象の解釈を容易とするためのデータクラスタリングの技術を開発しています.さらに,これらのモデルを用いて,実社会の様々な問題にアプローチしています.
 
具体的には,スモールデータ解析をキーワードに医療AI・医療機器などのヒューマンシステムと,生産プロセスにおける制御や最適化などのプロセスシステムを対象とし研究を進めています.本研究室では,開発した技術の早期の社会実装を目指すため,データ解析やアルゴリズム設計のみならず, データ収集,動物実験,被験者実験,ソフトウェア開発,薬事対応まで一貫して行っています.
 
ここでは一部のテーマを紹介しています.それぞれの詳細や,その他のテーマについては,お問い合わせください.

スモールデータ解析


大量にデータが収集できず,わずかなデータだけでモデルを学習させなければならないスモールデータ問題には,ビッグデータ解析では現れてこない様々な問題に直面します.スモールデータの領域では,専門家の知識も活用しながらデータの発生メカニズムや測定原理についても詳細に理解するとともに,データへの理解に基づいた適切な仮説を立案した上で解析に臨まなければなりません.我々はどのように仮説と取り込んでスモールデータを解析するかの方法論の確立を目指しています.

また,特にスモールデータ問題でよく直面する不均衡データ問題や異常検知問題については理論面から考察し,新たなスモールデータ向けの新たな機械学習アルゴリズムの開発にも取り組んでいます.

ヒューマンシステム


医学研究をしていると多くの患者や家族,患者団体と交流する機会があります.患者本人のみならず家族も含め,疾患によって生活が制限され,やりたいことができなくなった,仕事をやめざるを得なくなった,という事例を目の当たりにします.また,てんかんのようにスティグマのある疾患に起因する事故が発生すると,免許取得制限など規制が厳しくされることも珍しくありません.私たちは工学を研究する者として,人びとの自由な生活のためには,法的な規制ではなく,テクノロジで解決できる問題はできる限りテクノロジで解決し,テクノロジを活用することで,障害や疾患があっても生活や就労を制限されることなく,自己実現が目指せる社会を作っていくべきであると考えています.
 
本研究室では,一貫して患者さんと医療者の利益のための活動をしています.そのために,生体信号処理と機械学習を活用し,対象疾患の病態と生理についての仮説に基づいた医療AIの開発,および様々な疾患の病態解明を目指した基礎医学への貢献に注力しています.さらに,私たち独自の被験者実験と生体計測のノウハウを活用して,人と機械を協調させる人間機械系の研究も推進しています.

このように患者の生活の質の改善につながる技術開発を進めつつ,それぞれの臨床現場固有の問題を一段階高いレイヤで抽象化し,心電図・脳波・画像・検査データなどの医療特有のマルチモーダルなデータをいかに統合して解析するかについて,医療AI開発における方法論の確立を目指します.そして,特に神経・精神疾患の病態調査を通じて,自律神経系がどのように人体を制御しているのかについてのメカニズムを解明します.

てんかん(Epilepsy)とは,脳細胞のネットワークに起きる異常な神経活動に起因するけいれん,意識障害などの発作を来す疾患あるいは症状です.2012年春,京都市東山区の祇園で起きた自動車暴走により,多数の死傷者が出た痛ましい事故が起きました.この事故の原因として,ドライバのてんかん発作について報道されたことから,2013年法改正でてんかん患者の免許取得に一部制限が設けられました.てんかん患者の運転免許取得は,平成14年改正道路交通法にて条件付きで認められたもので,このように法でてんかん患者の行動の制限は,その流れに逆行するものといえます.
 
てんかん発作に伴う事故によって,重傷や死亡につながる場合があり,交通事故に限らず,発作に伴う風呂場での溺死やコンロでの調理中における火傷は数多く報告されています.しかし,患者が数秒前でもてんかん発作の兆候を検知できれば,発作までに身の安全を確保することができ,生活の質(QoL)を改善することができると期待されます,
 
てんかん発作起始前より,自律神経機能と関係のある心拍変動(HRV)が変化することが知られています.我々は,心拍データをウェアラブルセンサで継続的にモニタリングし,スマホアプリでリアルタイム解析することで,てんかん発作を予知できることを世界で初めて示しました.
 
本研究では,全国13の病院・施設,20名以上のてんかん専門医と協力して,てんかん発作を予知するシステムの開発を行っています.このうち名古屋大学では,ウェアラブル心拍センサの情報を解析し,てんかん発作を予知できるアルゴリズム,およびアプリ開発を担当しています.
 
2017年度より,AMED先端計測プログラムに採択され,さらに2021年度からはAMED人工知能実装研究事業として臨床応用を目指して研究開発を進めています.

脳を局所的に冷却することで,てんかんや脳卒中に起因する異常脳活動を抑止できることが知られています.冷却によって局所的に脳血管を収縮させ脳血流量を低下させることでその部位の神経細胞が栄養されず,発火が抑止されると考えられています.
 
そこで本研究では,難治てんかんの新たな治療法として,ペルチェ素子を用いて局所的に脳冷却する頭蓋内埋込デバイスを開発しています.本研究室では,数値流体力学(CFD)シミュレーションによるデバイス設計と解析,制御系設計を担当しています.

レビー小体型認知症(DLB)は三大認知症のひとつで,アルツハイマー型認知症に次いで多く,認知症全体の2割を占めています.しかし病初期のDLBは,物忘れなど他の認知症で一般的な症状を示すことが少なく,認知症として気づかれにくいという特徴があります.
 
認知症は5年発症を遅らせると患者数が50%近く減り,関連する医療費がおよそ1/20になると報告されるなど,発症予防・早期発見の重要性が注目されています.認知症は早期発見による適切なケアと薬物治療で,患者の生活の質を維持し,健康寿命を延長することが期待できます.2015年に厚労省が策定した認知症施策推進総合戦略(通称・新オレンジプラン)では,DLB患者への早期介入を目的としてDLB早期診断の重要性が強調されており,客観的手法を用いたDLB早期スクリーニングシステムの開発が求めらていました.

DLBは,神経細胞内に蓄積するレビー小体が原因で,発症の相当前から神経変性が進行しており,これに伴い自律神経障害や嗅覚障害,レム睡眠行動障害(RBD)などの前駆症状がDLB発症前から現出することが知られています.したがって,高齢者の自律神経機能をHRV解析を通じて継続的にモニタリングできれば,DLBを早期に診断できる可能性があります.
 
本研究では,これまでにてんかん発作予知システムで開発したウェアラブルセンサやHRV解析アルゴリズムの横展開として,DLBを早期に診断できるシステムの開発に取り組んでいます.

熱中症とは,暑熱環境で発生する障害の総称で,本邦では毎年,初夏から秋にかけて多くの患者が発生します.熱中症は重度になると多臓器不全などを引き起こし,重篤な後遺症または死亡につながりかねませんが,軽度のうちに休憩や飲水など適切な対応をすることで重症化を防止できます.したがって,軽度のうちに熱中症症状を検知してアラームを発報し適切な対応を促すことで,熱中症による不幸な事故を低減できると期待されます.
 
本研究では暑熱環境下おける重労働やトレーニングをされている方など,ハイリスク群の健常者より心熱中症発症周辺期の心拍データを収集し解析することで,熱中症を検知するアルゴリズムの開発,およびその社会実装を目指しています.
 
本研究は2019年度より,科研費基盤Bに採択されています.
 

医療人工知能(AI)を活用することで,医療費削減,医療ミス低減,疾患の早期発が可能になるとされ,医療でのAI活用が叫ばれて久しいですが,医療現場へのAIの導入は思うように進んでいないのが現状です.
 
これには様々な要因はありますが,たとえばデータ収集に関する問題はそのひとつです.効率的にデータを収集するには,倫理審査や多施設間の連携方法,個人情報保護への対応などが必須ですが,これらの問題を解決してデータにアクセスできたとしても,多くの臨床現場ではその後の解析まで考慮してデータを保存していないため,実際の解析は困難です.一方で,エンジニア側も医療現場の理解が追いついていないため,たとえば倫理審査についての手続きに瑕疵があるとプロジェクトが頓挫しかねません.
 
我々は,医療者・エンジニア双方におけるAI人材の育成を推進し,研究室でも積極的に医療者のAI・データサイエンスの研究指導を実施しています.

健康診断や日常の診療,疾患レジストリなど,日々,膨大な医療データが蓄積されています,特に,同時に多くの検査項目を定期的に実施する健康診断のデータは,これまで着目されなかった疾患の要因を明らかにできる可能性がある点で,たいへん魅力的です.
 
我々は,因果推論と呼ばれる解析手法を駆使することで,データから単なる相関ではなく疾患の要因を特定し,生理学,病理学の観点からも考察をしています.

居眠り運転の経験があるドライバは運転免許証保有者の約3割にものぼるといわれ,ドライバ死亡事故原因の17.6% が居眠り運転を含む漫然運転(警察庁平成25 年交通事故統計)であり,居眠り運転による事故は社会的課題のひとつです.本研究では,ウェアラブルセンサを用いてドライバの心身状態を監視し,リアルタイムに眠気を検出し警告を与える技術を開発しました.
 
具体的には,ドライバの覚醒時の心拍パターンを正常とし,正常な心拍パターンからのズレを機械学習アルゴリズムを用いて監視することで,低覚醒状態を検出します.ドライビングシミュレータを用いた被験者実験では,居眠り運転による衝突事故発生の30秒前までに低覚醒状態を検出できました.本結果を脳波を用いた睡眠判定と比較し,バリデーションしています.特に,1秒以下の本人も気がつかない一瞬の入眠であるマイクロスリープも開発技術によって検出可能であることか確認されています.

閉塞型睡眠時無呼吸(OSA) とは,睡眠時に呼吸停止または呼吸量が減少する疾患で,昼間の眠気・パフォーマンス低下のみならず,様々な生活習慣病を引き起こす重篤な疾患です.本邦には潜在的に200万人以上の患者がいるといわれていますが,自身がSAS に罹患していると自覚することは難しいため,病院に受診している患者は12万人程度に過ぎません.従来のSAS 診断手法である終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)は,限られた施設でしか実施できないため,PSG と簡易モニタの適切な併用が望ましいとされています.しかし,簡易モニタの適切な利用には医師の指導・監督が必要で,自身がSASであると自覚しない潜在的なSAS 患者には簡易モニタの使用は困難となります.
 
そこで本研究では,HRVモニタリングに基づいたSAS スクリーニング手法を開発しました.ウェアラブルセンサにて睡眠中の心拍を測定することで,SAS 罹患の可能性を在宅のまま容易にスクリーニンできるようになります.本研究で開発した手法は,従来手法ではアプローチできなかった潜在的患者のSASをスクリーニングする機会を提供できるため,社会的意義も大きいと思われます.

脳卒中とは,一般に脳梗塞,脳出血,くも膜下出血などの脳血管障害の総称で,治療の成否は時間との勝負となります.できるだけ早期に治療を開始することは,生存率の向上だけではなく,後遺障害の軽減にもつながります.脳梗塞は,発症より4.5時間以内の急性期であれば,血栓溶解療法(t-PA治療)によって薬物で血栓を融解させることが可能となるため,脳卒中治療においては,いかに迅速にその発症に気がつくことができるかが重要となります,しかしながら,脳卒中の主な症状は意識障害,麻痺などであり,さらに夜間の発症も多いことから,患者本人でも気がついて救急に通報できるのは困難であるとされます.実際に,tPA治療の適応率は10%程度に過ぎません.
 
そこで本研究では,心拍変動(HRV)解析を活用することで急性期に脳卒中を検知するシステムを開発しています.脳卒中急性期の臨床データの大量取得は困難であるため,これまでにラット中大脳動脈閉塞(MCAO)モデルを用いて,脳梗塞発症部位・体積とHRVとの関係について生理学的な調査を行い,HRVを解析することで早期に梗塞を検出できることを示しました.

心理学の分野では,本人の心拍数とはあえて異なる心拍を提示すると,被験者の体験が変わることが知られています.この現象を擬似心拍(fHR)フィードバックと呼びます.
 
本研究室では新たなゲーム体験の構築を目指し,fHRフィードバックを活用したコンテンツの開発や,fHRのメカニズムについての調査を行っています.またfHRを活用してあおり運転を防止する仕組みについても開発を進めています.

精神疾患患者は免許取得・更新時に医師の診断書が求められることがありますが,患者の運転技能評価は専門医でも容易ではありません.特に地方では生活や就労のため運転免許が必要であり,免許取得は患者の生活の質に関わる重大な問題です.
 
私たちは医師のアテンドの下で,健常者のアルコール摂取時の運転データをドライビングシミュレータ(DS)より取得し,この飲酒運転データより患者の運転データと健常者の飲酒運転データをマッチングさせる機械学習モデルを開発しました.飲酒は血中アルコール濃度という定量的な閾値で運転が禁止されるためです.
 
私たちは患者のDS運転データが健常者の飲酒時と平常時のどちらに該当するかを判定する機械学習モデルを開発しました.これによって,DSデータから精神疾患患者の運転技能を客観評価できるようになりました.

機械学習アルゴリズム


プロセスを適切に運転・制御するためには,どの変数・パラメータが出力に影響しているのかを把握することが重要です.しかし,複雑なプロセスでは,変数の因果的関係を物理化学的に考察するのは必ずしも容易ではありません.
 
本研究ではプロセスの操業データを統計的因果推論によって解析することで,変数の因果的関係を解明する手法の開発を行っています.

システムを適切に制御したり,または異常を素早く検出するには,重要な変数をリアルタイムで計測する必要があります.
 
生産プロセスでは,生産効率化や不良品流出防止のため製品品質や安全に関わる重要な変数をオンラインで測定することが望まれますが,たとえば化学プロセスでは温度や流量はオンラインで測定できる一方で,製品組成の分析はクロマトグラフィを用いるため,組成測定にはリードタイムが大きくコストもかかります,したがって,多くのプロセスでは保守的な運転をせざるを得ない場合があり,このような変数をオンラインで測定できるようになれば,より効率的な運転を実現できる可能性があります.
 
このようにハードウェアセンサではオンライン測定できない,もしくは測定に多大なコストを要する変数を,オンラインで安価に測定できるようになればベネフィットは大きく,そこでソフトウェア的にセンサを実現することを考えます.つまり,オンライン測定が容易な変数から,測定の困難な変数を推定する数理モデルを構築します.このような数理モデルをソフトセンサと呼び,産業界の様々な場面で用いられています.
 
しかし,どのような機械・装置であっても経年やメンテナンスによる性能・性質の変化が生じ,運用しているソフトセンサの性能が低下するという問題がありました,本研究では,このように性質が変化するプロセスに追従するソフトセンサ設計法を開発し,これを相関型Just-In-Time(CoJIT)モデリングと名付けました.
開発したCoJITモデリングは化学プロセスの実データを用いて検証し,従来法に比べて高い予測性能を有していることを確認しました.

大量生産される製品は,カタログスペックは同一でも必ず機差ゆ個体差があります.このような場合,全ての装置に適用可能な数理モデルや制御系を適切に設計することは困難になります.半導体プロセスでは同一の製造装置を並列に稼働させていますが,やはり装置機差があるため,単一のモデルや制御パラメータを全ての装置に適用できるとは限りません,しかし,装置ごとにモデルを構築したり,パラメータを調整するには多大な手間を要します.
 
そこで,それぞれ装置から測定されたデータに基づいて,装置特性をクラスタリングし,分類された特性ごとにモデルを構築すれば,装置ごとモデルを構築する場合と比較して大幅にモデリングの手間を削減することができます.
 
本研究では,装置特性が装置の測定変数間の相関関係の違いとして表現されることに着目し,相関関係の違いを用いてデータをクラスタリングする手法を開発し,これをNCスペクトラルクラスタリング(NCSC)と呼んでいます.これによって,多数の装置がある場合でも,低コストで統計モデルを導入することが可能となりました.さらに,NCSCを用いたソフトセンサ設計法や異常検出システムも併せて開発し,化学プロセスのシミュレーションを通じてその性能を確認しています.

ソフトセンサ構築では,一般に入力変数の数を増加するにつれて,モデル構築用サンプルに対するフィッティング性能は向上します,しかし,出力変数と物理的に関係のない変数まで入力変数として用いると,未知サンプルに対する予測性能は低下してしまいます.したがって,入力変数は適切に選択しなければなりません.しばしば入力変数選択は試行錯誤に頼らざるを得ないため,現場には負担の大きな作業であり,ソフトセンサの予測精度改善および設計効率化のため,システマティックな入力変数選択手法の開発が望まれていました.
 
本研究では,NCスペクトラルクラスタリング(NCSC)を用いて変数間の相関関係に従って変数を分類して変数グループを構築し,変数グループごとに入力変数として採用するか判定する変数選択手法を開発しました.これをNCSC型変数選択(NCSC-VS)と呼んでいます,
 
NCSC-VSは化学プロセスにおけるソフトセンサ設計や製薬プロセスでの検量線設計を通じて,従来の変数選択手法より推定精度の高いソフトセンサを構築できることが実証されています.

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